嫌い嫌いも好きのうち

君を見つけ出した時の感情が この五臓の六腑を動かしてんだ

舞台『ビニールの城』感想

芸術監督 蜷川幸雄 追悼公演 舞台『ビニールの城』@8/27夜を見てきました。

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ストーリー

俺が遠くに行って、まだ、俺に会いたいと思うなら、遠くから来た女に会えと。その女は、俺たちの心のつながりを天びんにかけるような女じゃない。それは、俺と同じように、ガラクタの中から、お前に近づく女だと。お前の知らない遠くから来た女に会えと。それが何だか分からない。女にとって、どこが遠くか。ともかく、そんなことがありまして、僕は夕ちゃんを探してるんです。

8ヶ月前に倉庫に預けたきり行方がわからなくなった「遠くから来た人」である人形の「夕顔」を探す腹話術師【朝顔】(森田剛)は、とあるバーで出会ったねんねこを背中に背負う女【モモ】(宮沢りえ)に愛を告げられる。そのモモは実は朝顔と夕顔が暮らしていた四畳半のアパートの隣に住んでいた女であった。酒に酔った朝顔の口に手を入れ吐かせ介抱したり、夜食を差し入れられたこともあった。

隣人だと気づいたものの「あなたはもう結婚された身でしょう」と諭す夕顔に、「泣き声ひとつない子が、あたしの子ですか?」と返すモモ。背中のねんねこはただの人形、結婚したのも旦那の名前が「夕一(ゆういち)」だったから、旦那のことは愛しておらず、朝顔が夕顔を呼ぶように、「夕ちゃん」と呼ぶその瞬間だけを愛しているだけだ、本当に愛しているのは朝顔だとモモは言う。

モモからの愛に戸惑いつつ朝顔はモモを拒絶する。朝顔は生身の女には興味がないのだった。そこにやってきたのはモモの旦那【夕一】(荒川良々)。バーに居合わせ一部始終を聞いていた夕一の叔父【河合】(六平直政)と連れの【引田】(金守珍)にモモの事情をすべてバラされてもなお「それで、これから帰るんだよね」と言う夕一。しかし「もうあそこへは帰りません。これで縁切りにしてください」と返すモモ。「こうして、ひとさまを傷つけながらも、あんたを待っていたんです!」朝顔に迫り、こう叫ぶ。「あたしはビニールの中の女だと。あなたが封を切らずに持っていた、ビニ本の女です!

 

朝顔はアパートに入った時から置いてあったビニ本を封を開けずにずっと持っていた。その中の女に愛をささやいたこともあった。隣人がまさにその女であり、壁の穴からそのようすを覗いていたことも知らずに。

街頭で、夕一と出会う朝顔。確かにビニ本の中の女に愛してるとは言ったが、隣人のあの人に対してではない、生身が嫌だから夕ちゃんとばかりつきあってきたと弁明する朝顔に同一人物なのだと詰め寄る夕一。モモはビニールの城に帰ったという。「ビニールの城はどこにあるのでしょうか?」「それを僕にお聞きになるのは、僕が、あなたに生活をめちゃくちゃにされた夕一だからか、それとも、遠いところからきた人と呼ぶ、人形の夕一だからなのか、どっちでしょう?」「!?」

ホクロをとり、かつらを半分だけはがし半分だけの坊主頭を見せた夕一。「どうして人形の夕一になろうとするんですか?!」と動揺する朝顔に「元々、そうです。」と答える夕一。本当に夕ちゃんなのかと確かめるために今まで話した内容について聞く朝顔とそれに答える夕一。夕ちゃんと会話した哲学のことから女のことまでワーワーと、まるでかつての朝顔と夕顔のように、「夕ちゃん」「朝やん」と呼び名がら語らう2人。白熱して寝転んだところで朝顔が告げる。「もういいでしょう、夕一さん」。朝顔は夕一が気違いな自分なら騙せると夕顔のふりをしていることがわかっていた。その場を去っていく朝顔を見送りながら夕一はつぶやく。「そうじゃないんです。朝顔さん。僕はもう半分、夕ちゃんなんです。夕ちゃんにならなければ、モモという妻に喰い込んでゆくことができないんですから。

 

 話を聞いていた河合と引田は夕一の代わりに一矢報いるために正方形の水槽に手錠のかけられた一体の人形を沈める。朝顔がこれを見逃す訳ないだろうと思い。そこに現れたのはビニールの城(=ビニ本の撮影所)に向かうモモとその妹分。モモは妹にその人形を水中から拾わせ、「昼顔」と名付ける。私はビニールの城にいると言づてを昼顔に託し場を去るモモ。

その後現れた朝顔は昼顔を見つけるが、河合の手によりまた昼顔は水中に沈められてしまう。河合は朝顔に、自分に手錠をかけた状態でこの人形を救い出せと恐怖の水中脱出をもちかける。朝顔はあのバーで「君ら(人形)が水に没す時、この僕も水に沈もう。」と豪語していたからだ。これを受けた朝顔は水槽のふちに立ち人形の民衆を呼ぶ。遠くから来た人よ!きみらははるか物体の彼方から、なにゆえここに来た!君らの固くつぐむその本当の目的は何なんだ。おもちゃか、余興か!なぐさみ物か!ちがう!きみらは、人間の目にまだその招待を現してはいない!」「いつも黙っている君たち。この欺瞞の町がいつかたいらかに沈まる時、きみらは初めて何か言うだろう。しかし言っとくが、この偽りの町が正直になることも、新生に目覚める時も、これから断じてこないだろう。ならば!きみたちはどうして現れた!なぜ、遠くからやってきたんだ!言えっ!」「答えは、僕が死んでから来るだろう。そして、僕が死ぬほどの苦しみに耐えたら、少しは聞けるかもしれない。それでも、もし聞くことが出来なかったら、遠くから来た人よ。たのむ。」「デンキブラン*1を一杯、つくってくれ。」こう叫び朝顔は、水槽の中に沈み昼顔の手錠を解くのであった。

 

朝顔が目を覚ました場所はいつものバー。昼顔と名付け言づてをしたのはモモであると知ると朝顔は「あなたの罠にハマった」とため息をつく。ビニールの衝立越しにモモは再び愛を訴え、ビニールの中のわたしをつかまえてと言うが、朝顔はかたくなに、モモを受け入れなかった。ビニール越しが好きならば、このビニールさわってこう言います。この封印、また開けられなかったよ、遠くから来た人と。」「いやだよ、朝ちゃん。苦しいんだよお。」ビニールの中は苦しいというモモと、それでもビニールの封を切れない朝顔。この2人は同じ想いになることはなかった。「快く開けて迎えてくれなければ、自分で開けて出ますから。」空気銃を取り出してモモは言う。「あなたが嫌いです。」放った空気の弾丸は、ビニールの衝立を破り朝顔の手にあるデンキブランの入ったグラスを割った。「背中のねんねこが、夕ちゃんですから」最後にそう告げモモは撮影に向かい、朝顔は1人残されたのであった。

 

霧のたちこめる町で朝顔は再び夕一と出会う。夕一はもう自分は夕ちゃんになってしまったと言う。モモに愛される朝顔が求める夕ちゃんについて考えに考え、ついに自分と人形が混同してしまったのだ。夕一は問う。女と人形の違いとは何か。遠いものを求めた朝顔の心は何なのか。朝顔は人格のないビニ本の女に声をかけた。そして沈黙の人形にも声をかけた。そのように、朝顔は1つのまな板に物と女を並べたのだと。そして夕顔は1つの真実を告げる。「この人形をとりに来なかった8ヶ月、たびたび、この町に通ったモモが、あなたの声をまねて、倉庫の奥にころがった夕ちゃんに、もうすぐ来るよ、きっと来ると声をかけたのを。一度、倉庫を整理すると言った主人に、モモは、あなたに恨まれることを承知で、あの夕ちゃんをおぶりました!」モモは倉庫から夕ちゃんが処分されるのを防ぐためにねんねことして夕顔を背負ったのであった。「行きなさい!あなたは、その人形に再会するでしょう。遠いところからきた人と会うでしょう。しかし、遠いところからきた女を失いましょう。あなたがつかむものは、そういうものです。行くんです。ただこちらからはゆけません。霧の晴れたところから行くんです。」そう言って夕一は、霧の中へと帰っていく。誰もとりにこない夕ちゃんとして。

 

バーに朝顔が入ると、モモはねんねこを下し、夕顔を朝顔に渡す。朝顔はモモに礼を言い、またもう一度、アパートに戻ろうという。あなたの夜食を待って芸の稽古をすると。モモは喜ぶが、しかし一度空気銃を向け決別した2人。モモは朝顔を拒絶する。モモのいる場所はビニールの城の塔の上だった。水の中へと沈んでいくモモ。朝顔はモモの手を掴むことはできなかった。水の中からそびえたつ高いビニール城。城の中を浮くモモを、朝顔はただ呆然と眺めることしかできなかった。「君に会えただけでもよかったんだよね」そう問う朝顔に、夕顔はゆっくりと口を開くだけであった。

 

 

感想

劇場に入るとステージ上で迎えていたのは何体もの人形とかすかに響く風鈴の音で、一歩踏み入れた瞬間から唐十郎の、金守珍の、蜷川幸雄の世界に巻き込まれていました。

私は蜷川演出の作品を他に見たことがないので、あの空間に蜷川幸雄が息吹いていたのかはわからないです。ただ金守珍さんはインタビューで「蜷川さんの死によって演出を引き継ぐことになったため、役は降りるつもりだった。ところが宮沢りえさんが、舞台にも立つべきだと背中を押してくれた。じゃあ全体は誰が見るのかと聞くと、「蜷川さんが見てくれている」と。」と語っていました。それならきっと客席に、蜷川さんがいたのだろうと。蜷川さんが関わった最後の作品を観ることができて幸せだったと思います。

途中、「なんてジメジメした陽気だろ」と腹話術師と3体の人形が繰り返し言う場面があったのですが、その腹話術師がなんと蜷川さんそっくりでした。幽霊として存在しているのかと思うほど。あれは一体どのような意図だったのでしょう。蜷川さんが息吹いているということだったのでしょうか。

 

はじめ、高く積み上げられた人形倉庫の棚と棚をはしごを使って森田剛さんが移動していくのですが、さすがの軽々とした身のこなしでした。軽々と、しかしどこか焦ってるような身体の使い方は朝顔そのものだと思います。

モモが新聞紙から顔をだすとき、白いライトがあたっておそるおそる顔をのぞかせるその姿が神々しく神秘的で魅了されました。宮沢りえさん、43!?凛とした鈴のような音色の声、はつらつとした立ち振る舞い、そしてビニールの城の中にいる妖艶な姿…。この舞台、宮沢りえさんが中心に蠢いていたと感じています。圧倒的でした。

荒川良々さん演じる夕一(あらすじ読んでいたときはずっと「たー」と読んでしまっていた…「ゆういち」です…)、コミカルなイメージがあったのですが、今回はコミカルな場面もありましたが、モモを深く愛し、愛故に人形と自分を混同してしまい、やがて誰にも迎えにきてもらえないまま去っていく、悲しい悲しい人でした。夕一に対する救いが一切無いのが辛い。あのにぎやかな叔父さんである河合と引田と一緒に、にぎやかに人間らしく生きていってほしいと願うばかりです。

 

セットも圧巻でした。はじめの倉庫の人形棚から、ネットニュースでよくとりあげられていたネオン街、ひょうたん池のあるバーにビニ本撮影所の鏡、ラストに水の中から浮き上がってくる高いビニールの城……。

私は特にビニ本撮影所の鏡が心に残っています。朝顔を寝かせていたベッドにビニールの衝立、そしてその後ろはすべて鏡になっています。その鏡には朝顔とモモの後ろ姿まで映っています。J列の私から鏡に映る客席が判別できるほど。

よって後ろにいるモモを衝立ごしに見る朝顔という構図が多かったのですが、鏡に映る朝顔の表情まで見れたので良かったです。また舞台本筋とは離れますが、後ろ姿から客席を向く役者を見るということに涙がでてきました。板の上の人達は、この景色を見ているのだなぁと。

 

 

考察

考察という名のストーリーについての感想(笑)

 

悲しかったです。朝顔が。

何人もの人が朝顔に前を向かせようとしました。モモはビニールの中ではない生身の自分を愛してほしいと言いました。3人の腹話術師は、夕顔の声は自分の声なんだと言いました。夕一は、夕顔は「女と人形の違い」を確かめさせるためにいなくなったと言います。

生身を愛せない朝顔は、それを最後の最後まで気づけなかった。

朝顔が愛せないのは生身のものであり、それはつまり魂を持たないものと思います。魂の持たない人形の夕ちゃんとばかり向き合っていました。魂の持たないビニ本の中の女を愛しました。魂のあるものの、獣臭さが許せませんでした。だからビニ本の中の女がビニールの袋を破って、つかまえてと手を延ばす夢を見ると、ビニ本に向かって「どっか、行け」と拒絶するのです。

私の想像ですが、朝顔が腹話術師になる前は、人間にひどい扱いを受けていたのかもしれません。 男に罵倒され、女に蔑まれ。そうでなくとも水槽のふちに立ち民衆に叫んだ言葉から、人間に対する不信感は強くあるようです。

 ビニ本の中の女しか愛せない、人形と向き合ってしかいない朝顔を見かねた夕ちゃんは、「遠くから来た女に会え」と言い離れていきます。

 

夕ちゃんの声というのは、もちろん朝顔の腹の中の声です。

 

夕ちゃんの話したという言葉はすべて朝顔のものです。魂のない人形が勝手に喋ることはありません。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。

夕顔と離れるのは、朝顔が本心で望んだことです。夕顔と離れて女を探すのは、朝顔自身が望んだことです。だって実際に朝顔は8ヶ月も経ってから夕顔を探し始めるのですから。

 8ヶ月の間、朝顔は夕ちゃんを探していたのではありません。8ヶ月経ってから初めて預けた倉庫に迎えに行ったのです。8ヶ月前、突然アパートを出ていった朝顔を待ち、モモは夕ちゃんを預かっていました。

それなのに朝顔は、最後の最後まで夕ちゃんの声が自分の声だと気づけなかった。臆病者で頭の固い朝顔は、結局自分の本心通りに行動する事はできなかったのです。

ようやく最後に生身の女を受け入れようと思った時にはもう遅かった。モモと一緒になる事はできなかった。きっと朝顔はまた夕ちゃんと共に四畳半のアパートに戻るでしょう。しかしもうその部屋にはビ二本はありません。もうビ二本を眺めることすらできません。生身のモモと向き合い、気持ちを動かしてしまった朝顔はもう今までと同じようには生きていけません。

そして朝顔と夕顔もまた、元には戻れません。あれだけ探し求めた夕ちゃんは、朝顔の手に戻ってきても、ユウガオの花を口の中から咲かせるだけでした。私は観劇中ずっと夕ちゃんが喋るのを待ち望んでいたので、喋らなかった夕ちゃんを見て愕然としました。朝顔は、人形を愛するがあまり生身の人間の優しさに気づけない、気づいた時にはもう遅く、女も人形もどちらも失ってしまった。「どちらも」を選ぶことが出来ない、悲しい男でした。

 

モモは少女漫画のようになりたくてつけまつげをたくさんつけたり、サングラスをつけないと気づいてくれなかった朝顔にへこんだり、落ち込んでる時にお客さんにグラスを投げて渡したりとお転婆でクルクルと表情を変える可愛らしい少女のようでありながら、ビニールの中での憂いを帯びた瞳、色気の香る身姿と全く違う2つの顔を持ちます。

桃の花言葉は「わたしはあなたのとりこ」。モモは朝顔のとりこでした。しかし朝顔はモモの愛を受け入れられない。朝顔は自分をビニールの城から連れていってはくれない。だからモモは決別を選び、自らビニールの外にでることを決めました。空気銃をもって。

モモの放った空気銃はビニールの衝突を破り、朝顔の持つグラスを割ります。ビニールを貫いたのです。それはすなわち、モモがビニールから出ていったということ。この破いたビニールは、モモにまとわりついていたビニールではありません。破れたのは、朝顔とモモの間にあったビニール。あの衝立はビニールの中のものしか愛せない朝顔のためにあったもので、モモはそれを破いた。

朝顔はビニールが破られたことにより、ビニール越しじゃないモモを見れるようになりました。初めて、ビニールの中ではないモモと向き合い、だからこそ夕一にモモの献身的な愛を聞かされた時、今まで頑なだった姿勢を崩しモモの愛を受け入れる気持ちになったのです。

しかしモモが空気銃を放ったのは、朝顔と友になるためではなく、朝顔から決別するため。モモはビニールの城からは出られません。朝顔から望んでいた言葉を聞けても、もう塔の上にいる覚悟を決めてしまっていた。モモはやはり強い女です。

 

夕一はそんなモモの一番の理解者であったと思います。モモが自分の名前しか愛していないことも、モモが愛しているのは気違いの腹話術師だということを知っても、それでもなおモモに深い愛を捧げます。しかし夕一は聖人では無いので、無償の愛というわけにはいかなかった。モモの中に自分の居場所が欲しいと願ってしまった。願うあまりに、ついに人形と自分を混同させてしまうほどになってしまった。皮肉にも人形と混同させてしまったが故、夕顔の気持ちがわかり朝顔の背中を押すことになってしまいますが。

 

誰も迎えにこない夕ちゃんとして、最後は霧の中に消えてしまいます。夕一は大きな大きな愛を捧げ、すべて捧げて終いには自分が空っぽの人形になってしまった。

モモは愛に飢えていました。だからビ二本の中の自分を愛する朝顔を求めます。愛に植えていたのなら、深い愛を捧げる夕一を受け入れればよかったのに、それでも朝顔を求めた。

しかし朝顔は夕顔への、人形への愛ですべて自己完結してしまっていました。周りの愛を受け入れるのも、捧げるのも余裕がなかった。1度は離れて女を探してみたけれど、やはり生身とは向き合えませんでした。

3人とも自己が強く、自分が求めるものを強く願いすぎるがゆえ、他者の導きを受け入れられない。みんな強いが、それ故に脆い。きっとこれは、そういう物語だったのだと思います。

 

 

霧の中でも、ビニールをかぶっていけば雨にかわる。なんてジメジメした陽気だろ。

 

*1:アルコール度数45度ほどの強いブランデー。当時最新のものに「電気」と冠をつけることが流行っていた