嫌い嫌いも好きのうち

君を見つけ出した時の感情が この五臓の六腑を動かしてんだ

36歳になった渋谷すばるさんへ

 

渋谷すばるさん、お誕生日おめでとうございます。

 

 

2014年12月25日、たまたまいた友達の家の、たまたまつけていたCSの音楽番組で、たまたま流れていたER2のMVに映った儚い表情の貴方を見た瞬間のこと、私は一生忘れることはないでしょう。

 

あの瞬間に好きだと確信したわけではありません。ただ、あの瞬間から私の心に貴方が入ってきたことは確かです。あの日あの瞬間から、私は貴方を思い続けて生きています。

 

家に帰ってもあの表情が忘れられなくて、「関ジャニ 」と初めて検索窓に打ち込み、貴方の名前をそこで初めて知りました。

 

渋谷すばる

 

不思議な名前だ、と思いました。綺麗な名前だな、とも思いました。

今でもずっと、美しい名前だと思っています。貴方が「すばる」という名前以外で生きることが考えられないくらい、「すばる」な生き方をしていると思います。

 

Mステのスーパーライブで初めてリアルタイムのすばるくんを見ました。坊主頭に驚きましたが、馴染んでいるなと思いました。その時の私は、彼はずっと顔をしかめている人なのかと思っていたから。

 

あの時のすばるくんは味園ユニバースの公開を控えていて、いつもと少し違う「すばるくん」でした。

 

今振り返れば、あの時のすばるくんは色々なことと戦っていたのかなと思います。初主演映画が公開されること。その映画が「渋谷すばるが主演で映画」という軸を元に作られていったこと。関ジャニ∞ではなくソロとして活動すること。でもそのソロは純粋なソロデビューではなく、映画の主題歌としてリリースする映画の延長線上でのデビューであること。

 

大森茂雄が取り憑いたすばるくんを見るのは、すごく危うげで苦しかったけど、いつものキラキラとは違う、鈍くギラギラと光る彼の輝きを私は忘れられないでしょう。

 

ロッテルダムの映画祭に行った日の夜は、すばるくんが頑張ってるのに眠りたくないなと、何をするわけでもなく起きていたな、とか。

 

初めて1人で出たMステの前の日から緊張で鼓動が早くなっていたなぁとか。そのMステでの、震えるブルースハープの音色とか。

 

反省文騒動で何の反論もできなくて悔しくなったりとか。

 

熊本での公開日は1ヶ月遅れだったから、福岡までテストも全部放り出して行こうとしたり、でも結局行けなくて公開日に泣きじゃくったりとか。

 

熊本での公開日は朝イチの時間に見るために早起きして遠い映画館まで電車に乗って行ったなとか。

 

ファンになるのが遅くて、ノウハウもわからなくてソロライブに行けなくてやっぱり福岡に来る前夜に泣きじゃくったりとか。ライブが合ってる時間は何も手につかなくてボーっとしてたなぁとか。

 

WSで流れた「アイドルは夢を売るって誰が決めたか知らないけど、そん中1人ぐらいリアルを伝える人がいてもいいんじゃないですか」って叫んだすばるくんを見て、もうこれから先すばるくんを見逃さないと決めたこととか。

 

味園ユニバースからの初めてのソロツアーまでの期間の全ての思い出が、私の胸にある真っ赤なところの一番奥に、大事に大事にしまってあります。

 

 

 

初めてすばるくんを生で見たのは「元気が出るLIVE!!」でした。

 

初めて入ったドームの広さに圧倒されて、1曲目ですばるくんの歌声がその広いドームを満たした時に、やっと「今わたしは関ジャニ∞に会えたんだ」と実感してボロボロと涙が出ました。涙が邪魔で見えなかったので、泣き止むのが大変でした。

 

松原.の「乾いた花」の、あまりにもドラマのようなこれまでの道筋を考え、どうかこの関係が永遠でありますようにと祈るように見ていました。

 

初めてのライブは興奮しすぎてかなり記憶が飛んでいるのですが、唯一トロッコで近くに来た時の、完全に後ろ姿だったけど、綺麗なうなじと首元は覚えています。「初めてのコンサートの思い出は?」と聞かれたら、「綺麗なうなじと首元」と答えるぐらい、鮮明にあの瞬間だけは覚えています。

 

あのライブのオーラスは大倉くんがいなくなっちゃって、息がつまる思いでライブ終了時間を待っていました。後の円盤発売お知らせのWSで泣きながら「また来てくださいよ」というすばるくんを見るのは、少し辛かったです。

 

 

2回目のすばソロは、私が馬鹿なせいでライブに行けなくて、ツアー期間中ずっと勝手にふてくされていました。セトリもちらっとしか見ず、レポは流し見。

でもそのふてくされにも疲れて、というかすばるくんを見逃し続けていることが嫌になって、両国国技館の日は結局携帯に張り付いていました。

 

1回目のソロツアーより2回目のすばるくんは随分と柔らかくなっていました。

 

味園の延長ではなく、純粋に「渋谷すばる」としてのソロ活動。すばるバンドのメンバーともいい関係が作れていて、1回目の時のようなハラハラ感は無くなったけど、その分曲への表現を深めて、優しい音楽を聞かせてくれた2回目のすばるくんはとても心地よかったです。この笑顔のすばるくんをずっと見ていたいなと思いました。

 

そしてこの時、よくお話していただいていた方2人がそれぞれSNSから離れていたのですが、すばソロをきっかけとして戻って来たことが嬉しくて、引っ張り込んだすばるくんが誇らしくてしょうがなかったです。

 

 

関ジャニ’sエイターテイメント」の時には揃った前髪が少し伸び、横に流れた髪の毛があまりにかっこよくて、一目見るだけで鼓動が早くなる日々でした。

 

あの頃からカメラ目線とウィンクをするようになりました。一体何を思い立って始めたのかわからないのですが、この人が純粋に人を堕とす行動をとると、こうも威力があるのかと思い知りました。

 

「ハダカ」で私はすばるくんばかり見ていたから、映像で見て初めて横山さんがすばるくんをどんな表情で見ていたのかを知りました。横山さん、どういう感情をすばるくんにぶつけていたのかな。横山さんがすばるくんの親友であることが、たまらなく嬉しいです。

 

踊っているすばるくんも、アイドルしているすばるくんも、笑っているすばるくんも、最後のバンドで猛るすばるくんも見れたエイタメは、私の中で一番好きなコンサートになりました。

 

「象」で「その足で踏み出せ!世界は変わる!」と叫ぶすばるくんは、全世界が震えていると錯覚するほどの気迫でした。あの熱さに私はずっと焦がされていたいんだと感じます。

 

大阪の「ツブサニコイ」。カメラ目線で「好きだよって」と歌ったあと、ファンの歓声に思わず笑ってしまうすばるくんが愛おしてくて、すばるくんを笑わせられたってことが誇らしくて、あの映像は私にとっての宝物です。

 

 

2017年、初めての夏フェス参戦となったメトロックに立った時に見た景色はどうだったのでしょうか。関ジャニ∞のバンドがここまで来たのは、もちろんメンバーみんなで押し上げた結果だけど、それはすばるくんのバンドへの熱が大きなエネルギーになっていたのだと思います。

 

関ジャニ'sエイターテイメント ジャム」のすばるくんは、バンドもアイドルも、両方とも欲張りなほど見れました。

 

すばるくんは苦手なんだろうけど、私はやっぱりすばるくんのダンスが好きです。細身な腕や脚がしなやかに動く姿に見惚れます。

 

ついに三馬鹿でユニット曲を出して、3人で作詞してすばるくんが曲を作って、できた曲が「Answer」であることがあまりにも出来た物語すぎて、この世はフィクションかと疑いそうになります。

3人の楽器を使って曲はできているのに、あえて踊るところ。バックモニターに3人の昔の写真が映るところ。

やはりこの3人は特別で、この3人だから今まで関ジャニ∞がある、グループの年上組なんだと改めて実感しました。そしてその後の年下組の「ノスタルジア」を見て、関ジャニ∞は素敵なグループに育ったんだと、勝手ながら感じました。

 

関ジャニ∞は最高で最強であると、強く感じるライブでした。

 

 

好きになってもうすぐ3年。ずっとずっとすばるくんが好きでした。悔しくなったり、目を背けた時もあったけで、それでもずっとずっと好きな気持ちは変わらなかった。

 

年々、好きを更新していく。こんな気持ちになったのは、すばるくんが初めてなんです。

 

だから、すばるくんには幸せになってほしい。

 

すばるくんが生きたい世界を、自由に生きてほしい。

 

いつでも楽しく音楽に向き合っていてほしいし、苦しんでいる方が輝いているなんて言わせたくない。

 

私がすばるくんが作った曲で一番好きな曲は、「生きろ」です。

だって初めて、すばるくんが曲を通して私たちにメッセージをくれたから。

 

「あなたを生きて」ということばを、私たちにくれてありがとう。

この曲を聴きながら生きている私は、幸せ者だと思います。自分のことは嫌いだけれど、すばるくんのことを好きになった私のことだけは、ちょっと好きです。

 

36歳のすばるくんは、どんな顔を見せてくれますか?どんな声を聞かせてくれますか?

36歳も、その先も、たくさんのすばるくんが見れることを楽しみにしています。

どうかすばるくんも、「あなたを生きて」くれますように。

 

お誕生日、おめでとうございます!!!